その4

ヘキサな刑事・羞と心
(その4)



しかし、ビンゴの最初の番号はいなかった。
「あれ?あのコ、もう警察に行ったわよ」
同僚の女の子が言う。
けいさつ?
「あれから、折り返し電話があって、話はやっぱり警察のほうがいいから
迎えにいくって言われたって」
なんだと?
どういうことだ、他に誰がくるっていうんだ。
ちょっと待てよとオレはある仮説をたてたが、しかし、と一度は頭を振った。
が、やはりそれしか考えられない。
「迎えにって、どんなヤツが来たんだっ?!」
オレはかなりイヤな予感がしたので、その気持ちのまま問い詰める口調になったようだ。
案の定、彼女は気にくわなかったらしく、くちびるを尖らせた。
「ごめんごめん、キミのせいじゃないよ」
ユースケが宥める。
「知らない」
彼女はふくれたままだ。
「あ~、だからさぁ、謝るよ、ほら、つる兄も謝って!」
ユースケがオレの腕を揺さぶる。
「悪かったよ。でも、急いでるんだ、いや、急がないといけない」
その言い方にさすがに尋常ではないものを感じ取ったらしく
「顔は見てないわ。店にデカがくるのは営業中いいもんじゃないだろうから
外で待っててくれないかって言われたって、で、出てって、それきりだけど」
と少し不安げに答えた。
「どういうことなんすかね、つる兄、、、」
「どういうつもりなんだ、小島のヤツ」
「えっ?!」



「小島?小島って、あの小島?」
「他に誰がいんだよ」
「あ、。アイツ、つる兄のケータイ、聞いてたんだ」
「ご名答!」
確かにご名答だが、非常に気に食わないご名答だった。
オレは小島のケータイにかけたが、呼び出し音が続くばかりだった。
やっぱり、気に食わない。
「これからどうすんの、つる兄」
「とりあえず、署に戻ろう」
署に戻ったが誰もいなかった。
「あのコもここにいないってことだよね」
そうなるな。
「じゃ、どこにいるんだ?おかしいよ。なんのために呼び出したんだ?」
「少なくとも、ここで話を聞きたいためじゃないみたいだな」
「つる兄、オレ、ワケわかんないよ」
「わかることはある」
「なに?なに?つる兄」
「小島はオレたちの抜け駆けをしたんだ。オレたちより早くあのコを確保しなけりゃならなかった」
「だから、なんのためだよ」
「あのコは誰を見たんだっけ?」
「そ、それは、ナオキらしいじんぶつ、、、あ!」
「そうだよ、オレたちの行動でそれを小島は察したんだ」
それで、巌松に報告した。オレたちより早く彼女を確保し、ナオキについて、そしてカシアス某についての
情報を得ようとした。
しかし、それはこの署にとって、いや警察全体にとって非常にデリケートな問題だ。
公式にはできない。
「巌松と小島がどこかであのコに話を聞いてるってわけ?それって、ほとんど拉致じゃん」
その単語の適用が正しいかどうかは微妙なとこだが、決して事はいい方向に向かってはいないということだけは
明らかだ。
「あのコ、大丈夫かなぁ」
「それは大丈夫だろ、ヘンなことしたら、それこそヤブヘビだ」
「探しようがないよね」
「しれっとした顔して戻ってくるのを待つだけだな」
そして小島はしれっとした顔をして戻ってきた。
「どこ行ってたんだよ」
ユースケが詰め寄る。
「コンビニ、夜食の用意だよ」
気が抜けるほどのんびりした口調。
「あ、そういえば、つるちゃんからケータイかかってたみたいだけど
気がつかなかった。なんだったの?」
そのフォローも完璧だ。芝居なのか、マジなのか。
小島はオレの返事を真顔で待っている。
「あ、かけ間違い、すまん。それはそうと巌松、、いや、係長はどうした?」
「なに言ってんの?係長はとっくに帰ったじゃないか」
ほんとにトボケているとしたらかなりの役者だ。わからない、コイツの本性。
頭が混乱する。うまく回らない。
そもそも、全部オレの推量なのだ。証拠を見せろといったらなにも言えない。
すべて最初からやり直しか。
しかし、誰かが「ビンゴの彼女」に電話をかけたのは確かなのだ。
そして彼女の姿が消えたのも。
「なんだ、頭痛でもすんのか?」
いきなり、上から声がしてオレは顔を上げた。
先輩刑事(デカ)の藤原さんだった。
「あんまりムリすんな。ああいう身寄りのない変死体が一番やっかいだ。
オマエもよく手を上げたなぁ」
感心されたともとれるが、結局バカだと言いたいらしい。
みんなの視線はわかっている。
しかし、これはオレとユースケの問題なのだ。
そしてナオキの。

「ほい、お茶」
「あ、ども」
顔のわりには気が優しい藤原先輩の入れてくれた熱いお茶をすすっているところに
バタバタと派手な靴音がして、それ以上に派手な音とともにドアが開いた。
そして入ってきたのはそれをまたはるかに上回る騒々しい男だった。
「なんだよ、岡田、相変わらず落ち着きのないヤツだな」
「ふ、藤原、聞いたかよ!」
「聞いてねーよ」
「まだ、なんにも言ってないだろっ!」
「じゃ、早く言え」
まるで漫才だ。
オレはそんなもの聞きたい気分じゃないんだ。
二人の会話にうんざりしながらその場を去ろうとしたとき
その名前が耳に入った。
「巌松係長が・・・」
ユースケも椅子から立ち上がろうとするのをやめた。
「巌松がなんだって?」
ユースケのその「礼儀」を知らない呼び方を気にとめる余裕もないのか
岡田さんが続ける。
「交通事故にあって重症だってさ。しばらく現場にはこれないからってよ」
こうつうじこ?。
なんだよ、その番号は。
とんでもない場所が開きやがったじゃないか。
ビンゴにはほど遠い。
「つる兄、なんだよこれ」
「オマエ、こういうときは、大丈夫なんですか?とかウソでもいうもんだ」
「こころにもないことよく言うよ」
オレたちは舌打ちしそうになるところをかろうじてこらえ、いちおう同情の顔をつくっておいた。
「でも、おかしいよ、納得いかない。なんかが変だよ。なんかが」
そうだ。変な番号が開く。
パズルのピースが変形する。
歪んでいく。
オレたちは、オレとユースケと巌松と小島とキャバ嬢とナオキとカシアス某と
同じ絵のピースだと思っていた。
いや、今でも思っている。
それが、歪んでいる、変形している、絵が描けない、どころかどんな絵を描こうとしているのかさえ
見失いそうだ。
「病院どこですか?」
突然、ユースケが言った。
「え?」
岡田さんは一瞬とまどった。
だが、よく考えれば妥当な質問だ。
「それが、、、」
「なんだよ、そんなことも聞いてねえのかよ」
藤原さんが呆れて言った。
「見舞いは不要ってことで、、それに」
「それに、なんだ?」
「あんまり言わないほうがいいみたいなんだよな」
藤原さんがクチをあんぐりと開けた。
「そんなことを大騒ぎして大声で言ったってわけだ。バカかっ!オマエはっ!」


その後のふたりのやりとりを背にオレたちは部屋を出た。
「ヘンな「こーつ-じこ」っすね、つる兄」
まったくだ。
オフレコだ。言ってはならない「交通事故」だ。
本人にも会えない。
「見舞いに行ってやろうと思ったのにさ」
オレはあの場では言えないことをユースケに言った。

「で、誰にヤラレたんだと思う?」


(つづく)















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